ドイツ修行組によってもたらされるヨーロッパ卓球のDNA

 1月21日に幕を閉じた全日本卓球選手権だが、この大会では、日本卓球界が大きく変わる予兆があった。そのポイントを観戦記をまじえて報告しよう。
 男子シングルスの準々決勝の顔ぶれを見て驚いた。元気な偉関は吉田とけっこういい勝負をして2ゲーム獲って苦しめ、田崎も久々に上位に顔を見せて横山にストレート勝ちし、木方は水谷と好ゲームを展開し2ゲームを奪い、学生チャンプの下山と高校生の大矢の対戦はストレートで大矢が勝ったが試合内容は白熱していた。
 あれ韓陽がいない?! 松下は? 岸川はどうしたんだ? なんと、韓陽は田崎が、松下は坪口が、岸川は下山が破っているではないか。
 優勝した水谷のことはあとでたっぷりと書くが、彼以外の選手で大活躍したのは田崎だろう。優勝候補と見られていた韓陽を粉砕し、高木和健一、横山を撃破してのベスト4は特筆ものだ。しかも、準決勝の水谷戦ではフルゲーム・タイブレークのデュースから、一度は田崎がマッチポイントを握ったのだ。田崎が勝っても、けっしておかしくはない勝負だった。この対戦はこの大会でもっとも白熱した好ゲームで、激しいラリーの応酬は観客の目を見張り、卓球の醍醐味、見る楽しさを存分に味合わせてくれるものだった。とくに田崎のバックハンドのストレート攻撃はみごと。ペン・表ソフトでも十分に戦えるということを彼は証明してくれたともいえよう。田崎の日本代表復活に期待したい。
 正直、もう現役プレーヤーとして終わったと思っていた偉関だが、吉田との一戦では、前に陣取って吉田を左右に振って、もしかしたら勝つ……と思わせるほどの内容だった。彼の活躍は40歳台以上のベテランプレーヤーにも光明をもたらせてくれた。
 木方も健闘していた。彼のフットワークは、韓国の柳を思わせる東アジア的リズム感がある。木方はまだ老け込む齡ではないだろう。その持ち前のフットワークを活かしながら、もっと前でアグレッシブな卓球をすれば、水谷にリベンジできる余地は十分にある。
 大矢は青森山田中のときから、その卓球センスのよさに注目していた。準決勝の吉田戦では中盤あたりまで押し気味だった。この一戦は吉田に負けたというよりも、自分から崩れていった。メンタル、フィジカルをタフにすれば、ますますその独特のボールタッチが強力な武器となるだろう。
 吉田はそのフットワークとパワードライブを駆使して決勝戦まで駒を進めた。だが、どの勝負もけっして楽な戦いではなかった。吉田のいちばんの武器はメンタルだ。自分から崩れず、いつのまにか対戦相手を自壊させる試合運びにある。だが、今後世界のトップでプレーしようとすれば、なにかが欠けている。これは吉田にかぎらないが、やはりペンはバック面の克服だろう。裏面を使わないとすれば、前陣での押すショートだけではなく、ハーフボレー気味に肘を軸とした、鋭く振るバックハンドを使う必要があるのではないだろうか。
 さて女子は、「ずばり平野だ」と予想したように、平野が3回目の優勝を飾った。その「間」とバランスのよさに、今回は攻撃力が増して、観ていて余裕の勝利だった。準決勝の小西戦も、決勝の藤井戦も終始安定していて、一度も危ないと思わせなかった。あとはもっと攻撃に幅をもたして、ドライブのパワーアップと種類を増やすことだろう。
 藤井は福原、田勢、石川を破っての2位はみごと。とくに上背を活かして、両ハンドから相手を左右に振る攻撃は鋭かった。福原も石川も、この攻撃に振り回された。あのセンターからすこしバック側にスタンスをとった位置から、相手にとってはボールが逃げていくバックハンドのストレート強打が大きな武器になっていた。田崎のバックハンドのストレート強打もみごとだが、これからの卓球は、相手の強打も、バックハンドでストレートにカウンターできる必要性がますます高まるだろう。
 前回の覇者、金沢を破ったのが樋浦だ。石川にもあと一歩で勝てるところだったが、実力的には平野に次ぐ2位の力を持っている。
 藤沼を破ったのが田勢だ。田勢ってだれと思ったら、あの高橋(旧姓)ではないか。彼女なら金沢はもちろん、日本のトッププレーヤーすべてと互角に戦える力がある。
 石川のアグレッシブな戦いぶりは気持ちがいい。とくに準々で勝った樋浦との最終ゲーム、終盤の思い切った攻撃は、中学生の技術レベルとメンタルレベルを完全に超えて、それはシニアトップのものだった。彼女のこれからがほんとうにたのしみだ。
 小西はよく健闘した。平野ともっともよく戦ったのが小西だろう。ではなぜ、小西は勝ちきれないのか。これといった弱点は見当たらない。また、これといったものすごい武器というのも見当たらない。小西は自分の卓球を見つめ直すために、深層心理分析を受けてみることを薦めたい。スポーツ心理学よりもっと無意識レベルのカウンセリングがいいだろう。
 やはり福原について触れないわけにはいかないだろう。千駄ケ谷駅前にある東京体育館近くのレストランで私は試合の合間をぬって軽い食事をとっているときだった。ふっと入り口を見れば、どこかで見覚えのある年輩男性が入ってきた。その後ろには愛ちゃんがいるではないか。男性は難しい顔をし、愛ちゃんは少々恥ずかしそうにしている。そう、いま私は、6回戦の彼女の試合を観ていたのだ。愛ちゃんは藤井に敗れた直後に、彼女のお父さんといっしょにこのレストランにやってきたのだ。負けて気落ちしているのは明らかだったが、それでも彼女には人を魅了する「光る」雰囲気に満ちていた。それをオーラと呼ぶ人、あるいは華があるという人もいるだろう。私は何人もの社会的に活躍する女性を取材して見てきたが、いまが旬とばかりに活躍している人、あるいはこれから活躍するであろう人には、きらきらと光るものが見えるのだ。それは、何千、何万人のなかから選ばれるアイドルにも同じことがいえる。可愛い娘、綺麗な娘というのは、全国から集めればいくらでもいる。だが、きらっと光っている娘は、その年に一人いるか、いないかなのだ。そして、その娘がもちろんグランプリになる。福原愛には、そういう光るものがある。そういう星のもとに生まれている。
 以上のことは置いて、福原の藤井との一戦について報告しよう。この試合のポイントはゲームカウント福原の1対2からの4ゲーム目にあった。彼女はこのゲームをリードして、中盤にかけて連続で失点した。ここで福原がタイムアウトをとった。このゲームがこのマッチ(試合)のポイントと見たのだろう。そして終盤、ここは強打というところでつないでの失点が3点あった。この試合については、後日に当サイト「ゲームウオッチング」で詳細に書こうと思うが、愛ちゃんのメンタルの脆弱性が出た試合だった。
 高校から大学に移るこれから1〜2年が、福原愛の卓球人生を決定するだろう。それは「日本的自我」が試されるシーズンといってもいいだろう。ここ30年あまり、ほとんどの有望と目された若手ホープは、このシーズンの乗りきる「自我の成長」をとげることができなかった。さて、愛ちゃんは例外となるのだろうか……。

【男子】10年ぶりの「日本出身の攻撃型」の優勝

 水谷隼の優勝によって、96年度の岩崎清信以来、97年度から昨年度の05年度まで、じつに9年間にわたって「日本出身の攻撃型」の優勝者が輩出されなかったが、この「ひとつの時代」にようやく幕が降りた。この9年間は「中国出身選手かカットマン」が優勝しつづけた時代だったのである。
 また水谷の優勝は、ほかにも特筆すべき点がいくつかある。それは日本卓球協会が援助してドイツに送りだしている「ドイツ修行組が日本にもたらす新たなDNAの影響」だろう。ご存じのように、水谷は岸川、坂本、高木和らのドイツ修行組の一人で、ドイツ1部プロリーグでレギュラー選手として活躍している。
 今回の大会では、彼らがヨーロッパ卓球のストロングポイントを着実に身に着け、それをゲームのなかで発揮していた。それをピックアップしてみよう。

●大胆でパワフルなラリー展開
 ヨーロッパのトッププレーヤーは、いわゆる「つなぐ」という発想がないかのように、前陣〜中陣で両ハンドを駆使して強引に攻め込む展開が多いように見える。これは逆にヨーロッパのプレーヤーから日本人プレーヤーを見れば、安全につなぐというよりも消極的なプレーと見られる。この点、水谷たちは、かなり大胆なラリー展開を敢行していた。とくに水谷の、相手選手から逃げていく、右に左に曲げるドライブは目を見張るものがあった。決勝の水谷対吉田戦では、水谷がドライブをかけると、それをカウンターする吉田が中陣で待っていても止められないケースが多かった。水谷がドライブをかけようと、右肩を入れながら踏み込まれると、どのコースにくるかわからないはずだ。水谷はフィジカルの強化に励んでいるそうだが、それはとっても賢明な選択だろう。彼に必要なのはフィジカルの強さとバックハンド系技術の錬磨だろう。

●バックハンド・パワースイングの進化
 岸川は水谷と組んだダブルスで優勝したが、その戦いぶりのなかで、岸川のバックハンドのパワースイング系の強打が目を引いた。日本人プレーヤーでもハーフボレー強打はいまどきだれでも巧打できるが、ヨーロッパ卓球が得意な中陣からのパワースイングを打てる選手はあまり見かけない。あの岸川のバックハンド・パワースイングを日本の中高生はよく学んだほうがいいだろう。

●YGサービス
 水谷は決勝の吉田戦のあとの勝利インタビューで、その勝因について「サービスがよく効いていた」と語っていた。その水谷のサービスとは、ドイツ仕込みのYGサービスが多い。水谷だけではなく、岸川や坂本もよくこのサービスを使うが、日本ではあまりこのサービスを使う選手を見かけない。
 以上、これらのヨーロッパ系技術が、彼らドイツ修行組によって日本にもたらされることにより新たなDNAが流入して、日本の卓球界の技術的進化が加速されるだろう。
 10年ぶりに「ひとつの時代」が終り、いま「新しい時代」が始まろうとしている。これからの日本卓球がたのしみだ。    
              
(秋場龍一)

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